カウンセラーとの出会い

理論と経験を兼ね備えたカウンセラーとの出会い

がカウンセリングの必須条件です。カウンセラーの理論だけ、あるいは経験だけでは不可能です。その両方を兼ね備えていなければ、あなたの悩みは解消できません。尚かつ自己の実社会経験(体験)の深さも必要だと思います。

例えば、ナイフで指を傷付けたときの痛みは大方の人は経験していますでしょう。ですが笹の葉で傷付けてしまったあなたの痛みは、同種の経験が無いと解りません。「痛み」は理解できますが「痛みの種類」が解りませんでしょう。

そこが体験の大切な部分です。但し、ここで重要な条件は同じ種類の痛みであっても人それぞれ、強弱、深浅、様々です。理論や自らの体験を当てはめようとすることは、サイズの違った靴を履くような結果になって仕舞って、必ずや足を痛めてしまいます。我々人間の心は自然科学のように1+1=2には決して成らない存在でもあります。クライエントさんのサイズに合った靴を探すのも、カウンセラーの責務に成ります。

日本語と云う言語は繊細にして、曖昧な部面も有ります、誤解曲解を招いてしまう場合も無きにしも非ずではありますが、我々はあくまでも有機体であるのだと言う事を、常に認識することが大切なのでしょう。

ちなみに、高名な臨床心理学者、故・河合隼雄先生はその著書 『「あるがまま」を受け入れる技術』 で、

僕らが心理療法を勉強している時に良く云われたのは、「理論は勉強しなくてはいけない。しかし本当にクライエントを目の前にしたときは、理論は全部忘れなさい」と言う事です。つまりできるだけ本を読んで理論を勉強しなければいけないんだけれども、それにこだわるなと言う事なんですよ。

また、同じく故・河合隼雄先生の著書『魂にメスはいらない』には、

僕らの仕事は、云わばクライエントの心を覆っている氷が解けるのを待つことでしょう。むずかしい問題を抱えているクライエントが居ましてね、その時僕は「北風が吹いたら氷は厚くなるし、南風が吹いたらちょっと薄くなる。一進一退みたいなものだけど、いつかは春が来るから」と思ったことが有ります。要するにぼくの出来る事は「いつかは解ける筈だ」という一種の信念と、実際に解けるのを待つということだけですね。後は、氷が解けるのと僕の命が果てるのとどっちが早いかと言うぐらいの事でしょう

と、書き残されておられます。これも又私の規範として強く自認している次第では有ります。理論から逸脱することなく、その都度自己の論理を構築する事の大切さを教えて頂きました。要するに重複いたしますが、1+1=2と考えて仕舞えば、意に反する結果に成りますでしょう。