有限から抜け出してみよう 【人間として必要な学び】No1

もう10年以上に成りますでしょうか、NHKの再放送を深夜に見て居りましたら、高名な哲学者「鈴木大拙先生」が、対談をされて居りまして対談相手のお名前は忘れましたが・・・・・・先生のお言葉(肉声)から学んだ事が御座います、それが今も私の脳に沁み込みまして、私の心のルールと申しますか、或いは考え方の方向と言うか、整理整頓のツールに成って居ります。

先生曰く【我々人間は余りにもこの3次元に浸り過ぎている、時には有限の世界から抜け出して無限の世界にも目を向けなければ、ダメなんだ】・・・・・・・。

「有限とは3次元の世界」「無限とは大自然」を意味します。

もうおひとり、武者利光先生の理論も大切な理論だと思います。
武者利光先生は、東京工業大学助教授、教授、92年名誉教授教授、1994年脳機能研究所・ゆらぎ研究所代表取締役、1/fゆらぎを主として研究していらっしゃいます。
先生の著書「人が快・不快を感じる理由」から、その極一部を抜粋いたしますと・・・・・・

【日本は四季の移り変わりもあるし、自然の環境にも恵まれている。だから、自然の持つ沢山のユラギと接しながら暮らしてきた。生理的にみると日本人は、快適な環境に恵まれていた。そのため、近代化が進んで暮らしの中からどんどんユラギが無くなっていくと、息苦しさを感じやすい国民とも言えよう。】

「乱れ」の中に「美」が有る。

地方都市に行けば、整然と揃って居ない街並みが、まだ残されている所がある。昔ながらの古い町並みを見る事が、今でも時々ある。道はまっすぐではなく、家の高さも形も一様ではない。それでも、そういう街を歩いて居ると美しいと感じる事はあるし、心が和んだりする、そしてそれは何度見ても飽きることは無い。

こうした街並みには、現代型都市の街並みとは違って、整然としていない、「乱れ」が有る。それは整然とはしていないが、かといって雑然としている訳でもない「少しの乱れ」が有る。言ってみれば「リズムが有る」とでも言えようか。

整然とした美しさを否定はしない、しかし、人間がより深い「美(快)」を感じるのは、少し乱れた姿の方ではないだろうか、本当の美しさは「汚れ」や「乱れ」の中に在ると言って良い。汚れや乱れが有るから、美しく見えるのである。

そして3次元世界ではテクノロジーを始め、人間たちの英知で随分な進化進歩をして居ります。

ですが実際の3次元の立体的な世界は、武者利光先生が仰る様に、大都会などでは整然とし過ぎて仕舞って、人心には好ましくない世界になって仕舞って居ります。

もしも地球上に人間と言う存在が無ければ、動植物たちはもっと自然な生活が出来たのでしょうね。

それが大自然の本来の世界だと私は思うのですよね、従いまして哲学者が言う様に「時には無限の世界に目を向けて、暫しの間自然界の有機体に戻る必要が有る」と言う、結論に達するのだと私は考えて居ります。

本来我々は自然界に生まれた有機体なのですから、時にはその自然界の空気を吸って、緑の山々や、海のさざ波などを眺めながら、何も考えず何もせず、自然界の空気で心を洗い流せればと思って居ります。

次回に続く・・・